東京高等裁判所 平成10年(行ケ)333号 判決 1999年6月29日
埼玉県熊谷市上之1966-3
原告
長谷川芳樹
訴訟代理人弁護士
寺下誠司
同弁理士
佐藤英二
同
矢野公子
同
光野文子
同
高尾裕之
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 伊佐山建志
指定代理人
小松裕
同
小池隆
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 請求
特許庁が平成8年審判第21607号事件について平成10年8月28日にした審決を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、平成5年5月24日、別紙審決書の理由(以下「審決書」という。)の別紙に表示した構成からなる商標(以下「本願商標」という。)について、指定役務を商標法施行令別表第42類「工業所有権に関する手続の代理又は鑑定その他の事務、訴訟事件その他に関する法律事務、登記又は供託に関する手続の代理」として商標登録出願(平成5年商標登録願第51223号)をしたが、平成8年12月9日拒絶査定をされたので、同月20日拒絶査定不服の審判を請求した。
特許庁は、この請求を平成8年審判第21607号事件として審理した結果、平成10年8月28日、本件審判の請求は成り立たない旨の審決をし、その謄本は、同年9月28日原告に送達された。
2 審決の理由
審決の理由は、審決書に記載のとおりであり、本願商標は、全体として「SIP」のローマ文字を書したものと認識、理解され、その構成文字に相応し「エスアイピー」の称呼を生ずるものであり、引用登録商標(登録第3160716号商標)からも「エスアイピー」の称呼を生じ、本願商標と引用登録商標とは、「エスアイピー」の称呼を共通にする類似の商標であり、その指定役務も同一又は類似するものであるから、本願商標は商標法4条1項11号に該当し、登録することができないと判断した。
第3 審決の取消事由
1 審決の認否
本願商標(審決書2頁2行ないし7行)及び引用登録商標(同2頁8行ないし14行)は認める。
審決の判断(同2頁15行ないし3頁末行)のうち、本願商標のうち、左上部分は篭字で書された「S」と認識、理解されること(審決書2頁16行、17行)、引用登録商標は、「SIP」の文字に相応し「エスアイピー」の称呼を生ずること(同3頁10行、11行)は認め、その余は争う。
2 取消事由
審決は、本願商標から生ずる称呼の認定を誤り(取消事由1)、外観の相違、取引の実情を含めた総合的な商標の類否の判断を誤ったものであり(取消事由2)、違法なものとして取り消されるべきである。
(1) 取消事由1(本願商標から生ずる称呼の認定の誤り)
審決は、「本願商標は、全体として「SIP」のローマ文字を書したものと認識、理解され、その構成文字に相応し「エスアイピー」の称呼を生ずる」(審決書3頁6行ないし9行)と認定するが、誤りである。
本願商標の構成態様は、最上部に欧文字の「S」を斜めに描いた白抜き文字を配し、その右下方にずらして白抜きの斜め細短冊状図形を配し、更にその右下方にずらして鉤形状の白抜き図形を配してなるものであり、「S」の白抜き文字以外の部分については、図形の要素であるか、ローマ文字であるかは判然としないものであり、全体として見れば、特異に図案化され視覚的にまとまりのある図形商標と認識されると認めるのが自然である。
したがって、本願商標から特定の観念や称呼を生ずることはなく、本願商標と引用登録商標とは称呼において類似しないものである。
被告は、取引社会の実情を考慮すれば、本願商標から「エスアイピー」の称呼を生ずる旨主張するが、文字商標としての称呼が発生するか否かは、その図案化の程度によるのであって、本願商標は、上記のとおり、図形商標として認識されるものである。
(2) 取消事由2(類否の総合判断の誤り)
審決は、本願商標は商標法4条1項11号に該当し、登録することはできない(審決書3頁15行、16行)旨判断するが、誤りである。
<1> 仮に、本願商標から「エスアイピー」の称呼が生ずるとしても、本願商標と引用登録商標とはその外観が顕著に相違するから、総合的に判断すると、混同のおそれがなく、商標として類似しない。
すなわち、本願商標の外観態様は、前記(1)のとおり、特異な態様に図案化されたものである。
これに対し、引用登録商標の外観態様は、通常用いられるブロック体でローマ文字の「SIP」を普通に表してなるものである。
したがって、本願商標と引用登録商標とは、その外観態様が顕著に相違し、これに接する取引者、需要者が両者を見誤ることはない。
そうすると、本願商標から「エスアイピー」の称呼が生ずるとしても、本願商標と引用登録商標とは、取引の場において明瞭に区別することができるものである。
<2> さらに、商標の類否の判断は、取引の実情があるときはそれを考慮して行うべきところ、次のような本願商標に係る取引の実情を考慮すれば、本願商標と引用登録商標とは出所の混同のおそれがないものである。
本願商標は、実際の使用においては、「SOEI INTERNATIONAL PATENT FIRM」(平成11年4月からは「SOEI PATENT&LAWFIRM」)と併記して使用されており、本願商標は、あくまでも事務所の略称表記を特殊にデザインを施して図案化したもので、「創英国際特許事務所」(平成11年4月からは「創英国際特許法律事務所」)の視覚的な象徴であるモノグラム図形の商標として使用され、そのようなものとして認識されているにすぎない。その理由は、工業所有権に関する手続の代理等の属人性の強い役務の分野では、依頼者との間では固定的、継続的な業務上の信頼関係の上に営業が成立しているものであり、業務の依頼も書面によってされるのが通常であること、国際特許事務所を英語表記の略称とした場合、「International Patent (Office)」から「I.P」となり、サ行音で始まる特許事務所は数が多いが、それらはすべて「S.I.P」となるから、「S.I.P」の文字だけで自他役務を識別することは困難であることにある。
そして、原告は、本願商標を平成元年から上記の使用方法によって現在まで使用してきているが、現実の取引において、本願商標と引用登録商標との間で出所の混同を生じたことはなく、今後も生じるおそれはないものである。
<3> したがって、本願商標と引用登録商標の類否を総合的に判断すれば、両者は類似しないものである。
第4 審決の取消事由に対する認否及び反論
1 認否
審決の認定、判断は正当であり、原告主張の誤りはない。
2 反論
(1) 取消事由1(本願商標から生ずる称呼の認定の誤り)について
近時、商号広告、商標等の一部又は全部をデフォルメ化して、企業の独自性をアピールする表現方法が取引社会一般に取り入れているのが実情であり、本願商標のように、文字を白抜き(篭字)で表示する方法も一般に広く採用されているところである(乙第1ないし第3号証)。
また、レタリングの技法においても、さまざまな技法が考案され、例えば、通常は接しているはずの線を接触させない手法、文字の先端を斜めに切断する方法などがあることが認めれる(乙第4ないし第6号証)。
これらの取引社会の実情を考慮すれば、本願商標を構成する左に書された部分が「S」の白抜き文字(篭字)と明瞭に理解されることから、本願商標に接する者は、これに続く構成も同様にローマ文字であると認識するのが自然であり、その形態が「I」と「P」の特徴を失っていないものでないことに照らすと、本願商標に接する取引者、需要者は、その構成はローマ文字の「I」、「P」を変形した書体であると容易に看取、認識し、全体として「S」、「I」、「P」のローマ文字3文字からなるものと理解するものであるから、これよりその字音に照応する「エスアイピー」の称呼を生ずるというのが自然である。
(2) 取消事由2(類否の総合判断の誤り)について
<1> 本願商標と引用登録商標とは、ローマ文字の外観において相連するとしても、取引者、需要者に与える印象において「SIP」を同じくする点において外観上大きな隔たりがあるというものではない。また、電話等の口頭による取引においては、両商標は、いずれも「エスアイピー」の同一の称呼をもってされるものであり、外観上の差に着目するというより、むしろ称呼の同一性という観点に重きを置くべきであるから、たとえ、外観上差異を有するとしても、両商標は類似の商標というべきである。
<2> 本願商標及び引用登録商標の役務が特殊専門性を有する役務であるとしても、そこにおける取引が格別特殊な取引形態を呈すると認め得る証拠はない。
原告は、サ行音で始まる特許事務所は数が多いが、それらの英語表記の略称はすべて「S.I.P」となる旨主張するが、サ行音で始まる特許事務所が自他役務を識別する標識としてすべて英語表記の略称を用いた「S.I.P」を採択しなければならない理由はないし、そのように使用していることを認めるに足りる証拠もない。
さらに、原告は、現実の取引において、本願商標と引用登録商標との間で出所の混同を生じたことはない旨主張するが、原告の実際の使用態様は、「SOEI」の文字と「INTERNATIONAL PATENT FIRM」の文字の間に本願商標を配しているというものであり、本願商標を単独で使用した場合、今後とも出所の混同を生じないということはできない。
理由
1 取消事由1(本願商標から生ずる称呼の認定の誤り)について
(1) 本願商標から生ずる称呼
<1> 本願商標のうち、左上部分は篭字で書された「S」と認識、理解されること(審決書2頁16行、17行)は、当事者間に争いがない。
<2> 次に、本願商標のうち、真ん中の部分は、工業所有権に関する手続の代理等の役務の取引者、需要者によって、篭字で書されたローマ文字の「I」と認識、理解されるものと認められる。
さらに、本願商標のうち、右下部分は、縦線部分の上が欠けている点で通常の「P」とは異なるが、その左側の部分が「S」と「I」と認識、理解されることと相まって、工業所有権に関する手続の代理等の役務の取引者、需要者によって、篭字で書されたローマ文字の「P」と認識されるものと認められる。
<3> 以上によれば、本願商標は、ローマ文字の「SIP」を左上から右下に向けて並べたものと認識、理解され、その構成に相応して「エスアイピー」ないしローマ字読みで「シップ」の称呼を生ずるものと認められる。この認定に反する原告の主張は採用することができない。
(2) 引用登録商標との称呼の類否
引用登録商標は、「SIP」の文字に相応し「エスアイピー」の称呼を生ずること(同3頁10行、11行)は当事者間に争いがなく、また、「SIP」の文字からローマ字読みで「シップ」と称呼され得ることが認められる。
(3) そうすると、本願商標と引用登録商標とは、「エスアイピー」又は「シップ」の称呼を共通にする類似の商標というべきであり、これと同趣旨の審決の認定、判断に誤りはない。
よって、原告主張の取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(類否の総合判断の誤り)について
(1) 外観の相違
当事者間に争いのない本願商標及び引用登録商標の構成によれば、本願商標は、白抜き文字を斜めに左上から右下に並べたものであり、「P」の文字が通常のローマ文字と異なっているが、引用登録商標は、通常の黒塗りの文字を横に並べたものである点で相違点がある。
しかしながら、両商標は、ローマ文字の「SIP」を並べた点において共通し、他に図形部分がある等の相違点もないものであるから、上記の外観の相違をもって、両商標の称呼の共通にもかかわらず、出所の混同のおそれがないと認めることはできない。
(2) 取引の実情
<1> 原告は、本願商標は、実際の使用においては、「SOEI INTERNATIONAL PATENT FIRM」(平成11年4月からは「SOEI PATENT&LAW FIRM」)と併記して使用されており、本願商標は、あくまでも事務所の略称表記を特殊にデザインを施して図案化したもので、「創英国際特許事務所」(平成11年4月からは「創英国際特許法律事務所」)の視覚的な象徴であるモノグラム図形の商標として使用され、そのようなものとして認識されているにすぎない旨主張する。
しかしながら、本願商標は、「SOEI INTERNATIONAL PATENT FIRM」等と併記されていない審決の別紙に表示された構成のものとして商標登録出願されたものであるから、出所の混同のおそれの判断においても、本願商標を他の表記と併記することなく使用した場合における出所の混同のおそれを判断するほかないものであるから、原告の上記主張が理由がないことは明らかであり、採用することができない。
<2> さらに、原告は、本願商標がモノグラム図形の商標として認識される理由として、工業所有権に関する手続の代理等の属人性の強い役務の分野では、依頼者との間では固定的、継続的な業務上の信頼関係の上に営業が成立しているものであり、業務の依頼も書面によってされるのが通常であること等を主張する。
しかしながら、原告が本願商標につき商標登録出願をしながら、本願商標がそもそも出所識別機能を有しないかのごとき主張は意味がない上に、一般に依頼者が特定の特許事務所と固定的、継続的な関係ができる前にどの特許事務所を選択するかの時点においては、他の商品や役務におけると同様に出所の識別において称呼が重要な地位を占める場合があり得るから、原告の上記主張は採用することができない。
(3) 総合判断
そして、称呼の点に加え、原告主張の外観の相違、及びサ行音で始まる特許事務所はすべて「S.I.P」となることを含む取引の実情の点を総合して検討しても、本願商標と引用登録商標とは、「エスアイピー」又は「シップ」の称呼を共通にする類似の商標であり、その指定役務も同一又は類似するものであるから、本願商標は商標法4条1項11号に該当する旨の審決の判断に誤りはない。
(4) したがって、原告主張の取消事由2は理由がない。
3 結論
よって、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結の日 平成11年4月27日)
(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)
理由
本願商標は、別紙に表示した構成よりなり、第42類「工業所有権に関する手続の代理又は鑑定その他の事務、訴訟事件その他に関する法律事務、登記又は供託に関する手続の代理」を指定役務として、平成5年5月24日に登録出願されたものである。
これに対し、原査定において、本願商標の拒絶の理由に引用した登録第3160716号商標は、「SIP」の文字を横書きしてなり、第42類「工業所有権に関する手続の代理又は鑑定その他の事務」を指定役務として、平成4年9月30日登録出願、平成8年5月31同に設定登録されたものである。
よって判断するに、本願商標は、前記したとおりの構成よりなるところ、左上から右下斜めに篭字で書された「S」、「I」のローマ文字に続く篭字は、デフォルメ化してなるとしても、容易にローマ文字の「P」と認識、理解されるものであり、係る構成は近時、レタリング技術の発達普及につれ、商標採択の構成態様、商業広告等において、文字の一部ないし全部をデフォルメ化して表現する方法が一般的傾向として見受けられることからして、現在において特殊の態様とはいい難いものというのが相当である。
してみれば、本願商標は、全体として「SIP」のローマ文字を書したものと認識、理解され、その構成文字に相応し「エスアイピー」の称呼を生ずるものといわざるを得ない。
他方、引用登録商標は、「SIP」の文字に相応し「エスアイピー」の称呼を生ずるものである。
したがって、本願商標と引用登録商標とは、「エスアイピー」の称呼を共通にする類似の商標であり、その指定役務も同一若しくは類似するものであるから、本願商標は、商標法第4条第1項第11号に該当し、登録することはできない。
なお、請求人(出願人)は、審決例を挙げて類似しない旨主張しているが、何れも、本件と事案を異にするものであって、前記の判断を左右するものでない。
よって、結論のとおり審決する。
別紙
<省略>